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イエス・キリストの御顔にある神の栄光の知識が輝く

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回復訳の紹介 - 御言葉・フットノート抜粋

IIコリント4:6 なぜなら、「暗やみから光が照りいでよ」と言われた神は、わたしたちの心の中を照らして、イエス・キリストの御顔にある神の栄光の知識を、輝かせてくださったからです。

この節では、イエス・キリストの御顔が、モーセの顔と比較されています(3:7)。キリストの顔の中にある福音の栄光は、モーセの顔の上にあった律法の栄 光よりも、はるかにまさっています。前者は、キリストの御顔の中で輝きました。この方を通して、恵みと実際が来て、義とその霊、すなわち命をもたらしまし た(3:8―9)。後者は、モーセの上に輝きました。彼を通して律法が与えられ(ヨハネ1:17)、その結果は罪定めと死でした(3:7,9)。わたした ちの心の中で神の照らしが輝くのは、わたしたちがモーセの顔の上にあった栄光を知るためではなく、キリストの御顔にある栄光を知るためです。

わたしたちが照らされたのは、わたしたちが旧契約のモーセの律法を知るためではなく、新契約のキリストの福音を知るためです。イエス・キリストの御顔に現れた神の栄光は、イエス・キリストを通して表現された栄光の神です。そしてそれは、神の栄光の輝きであるイエス・キリストご自身です(ヘブル1:3)。キリストを知るとは、栄光の神を知ることです。

心の中は、モーセの顔の皮よりも、さらに深い所にあります(3:7.出34:29―30)。これは、使徒の福音の務めの栄光と、モーセの律法の務めの栄光との比較を示します。心の中は、内なる命と関係があります。ところが顔の皮は、内なる命と何の関係もありません。旧契約の栄光は、表面にしかありませんでした。しかし新契約の栄光は、極めて深いです。

ここの「輝かせ」は、神の光が、神に照らされた人の心から他の人を照らすことを言います。それは2節(2節)の「表明」と一致します。これは、マタイによる福音書第5章16節(マタイ5:16)と、ピリピ人への手紙第2章15節(ピリピ2:15)の「輝く」と同じ言葉です。神が、わたしたちの心の中を照らしてくださるのは、わたしたちが人を照らすためです。こうして彼らは、イエス・キリストの御顔の中にある神の栄光の知識、すなわち、神を表現し、宣言するキリスト(ヨハネ1:18)の知識を持つのです。

使徒たちは、キリストを主と宣べ伝え、彼ら自身は信者の奴隷であることを宣べ伝えました。なぜなら、暗やみから光が照りいでよ、と命じられた神が、彼らの 心の中を照らされたからです。神は宇宙の中を照らして、旧創造を生み出されました。今や、神は使徒たちの心の中を照らして、彼らを新創造とされました。で すから、彼らは宣べ伝えの中で、キリストを主として高く揚げることができ、また彼らの務めの中で、信者たちの奴隷として振る舞うことができました。彼らが キリストのために行なったこと、そして彼らが信者たちに対してどうであったかは、神の照らしの結果です。神の照らしは、新契約の奉仕者と彼らの務めを生み 出します。


参照:オンライン聖書 回復訳IIコリント4:6フットノート1,3,4,5

 

最終更新 2010年 8月 06日(金曜日) 14:12
 
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