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回復訳聖書の紹介
イエス・キリストの御顔にある神の栄光の知識が輝く 印刷
回復訳の紹介 - 御言葉・フットノート抜粋

IIコリント4:6 なぜなら、「暗やみから光が照りいでよ」と言われた神は、わたしたちの心の中を照らして、イエス・キリストの御顔にある神の栄光の知識を、輝かせてくださったからです。

この節では、イエス・キリストの御顔が、モーセの顔と比較されています(3:7)。キリストの顔の中にある福音の栄光は、モーセの顔の上にあった律法の栄 光よりも、はるかにまさっています。前者は、キリストの御顔の中で輝きました。この方を通して、恵みと実際が来て、義とその霊、すなわち命をもたらしまし た(3:8―9)。後者は、モーセの上に輝きました。彼を通して律法が与えられ(ヨハネ1:17)、その結果は罪定めと死でした(3:7,9)。わたした ちの心の中で神の照らしが輝くのは、わたしたちがモーセの顔の上にあった栄光を知るためではなく、キリストの御顔にある栄光を知るためです。

最終更新 2010年 8月 06日(金曜日) 14:12
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神は世の人を愛された.それは、彼の中へと信じる者が、永遠の命を持つため 印刷
回復訳の紹介 - 御言葉・フットノート抜粋

ヨハネ3:16 神はそのひとり子を賜わったほどに、世の人を愛された.それは、彼の中へと信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を持つためである。

主の中へと信じるとは、彼を信じること(ヨハネ6:30)とは異なります。彼を信じるとは、彼が真実であり、実際であると信じることです。しかし彼の中へと信じるとは、彼を受け入れて、彼と一つに結び付けられることです。前者は客観的に事実を認識することであり、後者は主観的に命を受け入れることです。

最終更新 2010年 8月 06日(金曜日) 13:21
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わたしがあなたがたに語った言葉は霊であり、命である 印刷
回復訳の紹介 - 御言葉・フットノート抜粋

ヨハネ6:63 命を与えるのはその霊である.肉は何の役にも立たない.わたしがあなたがたに語った言葉は霊であり、命である。

この節と68節の「言葉」のギリシャ語は「レーマ(rhema)」であり、即時的な現在の語られている言葉を意味します。それは恒常的な言葉を意味する「ロゴス(logos)」(1:1で使われている「言」)とは違います。ここで、「言葉」に続いて「その霊」があります。その霊は生きていて実際ですが、非常に奥義的であり、わかりにくく、人は把握しにくいです。しかし言葉は具体的です。第一に、主は命を与えるために、その霊になることを示されました。

最終更新 2010年 8月 05日(木曜日) 15:56
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